会長からのラブレター


令和二年初秋号 No.42

このコラムで何回か紹介した木鶏クラブの若き友から、コミック「鉄人28号」の作者、横山光輝の「史記」全15巻を借りた。

きっかけは「致知」6月号に「三国志」の英雄、諸葛孔明の記事が載り、彼が横山の大ファンで、「三国志」全60巻や「史記」等を持っていると知ったからである。
私も図書館で三国志を見つけ読んでいたから話に花が咲き、「史記」を読ませてもらうことになった。

「史記」は古代中国の歴史書。今から2千5百年ほど前の史実が記録されている。
万里の長城の始皇帝や、項羽や劉邦達が登場する。
英雄たちが知略を巡らし颯爽と戦う「三国志」と、権謀術数、平然と裏切り残酷な場面の多い「史記」とは、全く印象が異なる。

史記の作者、司馬遷が編纂しながら「天道、是か非か」(天道、すなわち良いことをすれば良いことが起こる、というのは本当だろうか)と嘆ずるのは、余りにも非道な振るまいが行われているからである。

例えば始皇帝は数多の書籍を焼き罪もない学者達を殺す。
項羽は捕虜20万人を生き埋めにする。
劉邦の妻は毒殺、惨殺を繰り返し「中国の三大悪女」といわれるほどの所業を行う。
もしこの世に天(神)があるならばこのような行為を許すのだろうかと思わせるほどである。
歴史は雄弁である。

2千5百年という長い年月進化を遂げた人間社会であるが、その性はまったく変わっていないと思う。
「自国第一主義」とは、自分さえ良ければ良いという考え。
香港の自由を求める人達を約束を破って弾圧する中国共産党。
ロシアは政敵を毒殺しようとする。

「誓いを守り恩を忘れず、弱いものを助け己を捨て信義を貫く」
三国志の物語は、人間はこうであってほしいという現れであろう。
そうした希望を少しでも自分の行いとしたいものだ。

 

令和二年春号 No.41

巷で森進一の「北の蛍」が流行っていた35年前、私は急性肺炎で45日間入院した。
当時少しばかりの成功に酔い華々しく展開した事業が1年も経つと毎月の支払いに苦しむようになった。
「倒産」の二文字が浮かび眠れない日が続いた。

そんなある日予定していた大口の入金が遅れるとの連絡が入った。
忘れもしない、この時胸に熱い稲妻が走るのを感じた。
その夜から高熱を出し即入院。

治療と言えば良い薬も頂いていたのだろうけれど、ひたすらベッドで安静にして寝るだけの日々。
廊下を歩いていても注意される始末。
20日も経って『体調も戻った、もう大丈夫』とレントゲン室へ行ってもまだダメと言う日が3週間続いた。

やっと退院、厳重に風邪を引かないこと、再発の恐れありと言われた。
以来、うがい手洗い、汗をかいた後の肌着はすぐ着替える、寝るときには楽しいことを考える等気を使い風邪で寝込んだことはない。
同時に中村天風さんの教えに学び、体は心の持ち方で強くも弱くもなることを学んだ。

今その時の心の有り様を振り返ると、病に倒れるのが当たり前だったと良く解る。
ビクビクと心配し不安で酒の力を借りても眠れない。
うとうととして夜中に今月の入金と支払いの計算をする。
やはり足りない、さぁどうしようと明け方まで悩んでいる。

今、世の中はコロナウィルスで大騒ぎ。
私の病にかかった時と同じ心持ちの人が余りにも多いと感じる。
気をつけなければならないのは当然だが、心配のしすぎ、不安だどうしようとストレスを溜めてどうする。
マスコミの時代だから仕方がないと言えばそうなのだが、ワイドショーを見て不安になり新聞を読んで暗い気持ちになる。
日々を縁ある人と助け合い喜び合って生きることを考えもせず傍観していてどうする。

このウィルスとの戦いは長くなる。
そしてこれを克服しても次の新型が来る。
それは近年のサーズ、マーズを見ていても予見できることだ。
その度に今回のように右往左往してどうする。
人間はもっと強いものだと信じて行動しよう。

 

令和元年師走号 No.40

その日私は「天才」を見た。

11月2日、北大学術交流会館。
身障者グループ「札幌いちご会」の講演会 <<分身ロボットが人の可能性を広げる>>
若々しく長髪で整った顔立ち。
自身がデザインしたという「黒い白衣」を着て颯爽と演台に立つと恐ろしく早口で語り始めた。

まずその黒い白衣のカッコよさと便利さ、機能について。
名刺、財布はもちろんノートPCやスケッチブック、ペットボトルに長い傘まで収納できると自慢する。
なるほど!ただ夏は暑いそうだ。
しかし「暑さを我慢するか、着たくもない服を着ることを我慢するかを考えた時暑さなど大した問題ではない」と云う。
自分が欲しいものを作るのが信条の彼にしての言葉である。

幼いころから工作好きで折り紙が得意。
学生時代「折り紙王子」略して「オリィ」と呼ばれるようになり現在の彼の会社名も「(株)オリィ研究所」である。
ただ中学時代は人と馴染めず、不登校、引きこもりの時期があった。
その時の体験が彼のミッション、「孤独を解消する」につながる。
引きこもりの時の孤独、自分が誰からも必要とされていないと感じ、辛さや苦しみに苛まれる状況。
その彼が変わるきっかけとなったのがロボットコンテストでの優勝と師匠と呼べる高校の先生と出会った事だ。
彼は人生が変わるのは「出会い」と「ワクワクすることをやる事」と、高らかに宣する。
その通りで先生の厳しい指導のおかげで日本最大のコンテストで電動ならぬ「電脳車イス」で優勝し世界大会でも受賞するという快挙を達成する。
そして現在の「心を運ぶ」分身ロボット「ORIHIME」の製作へと繋がる。

テレビやマスコミで取り上げられることも多く知っている人も多い事だろう。
最近では身体を動かすことのできぬALS患者の国会議員が「分身ロボット」を国会で使いたいと発言したのでさらに注目度がアップした。
私も2年程前、愛読する雑誌「致知」で彼を知り興味を感じていた。
多忙な毎日、リフォームの現場にこれを置いて進行状況が事務所で把握できたらと思ったからだ。
問い合わせのメールをすると即座に返事が来た。
使いこなせるかと今、思案中である。

「吉藤健太郎」後生畏るべし。

吉藤健太郎