会長からのラブレター


H29年初秋号 No.33

八月、お盆も過ぎた朝、ケイタイが鳴る。
〝昨夜主人が亡くなりました。?
ダンスサークルでご一緒のAさん。

ご主人は私より十歳年長。サークル歴も大先輩で新人の私にはご夫婦仲良く踊る姿はとても美しく見えた。
役員としても長くお手伝いをされ、気配りと知識の豊富さで多くの会員から慕われていた。

4年前役員交替で不慣れな私にユーモラスに細かな指導も頂いた。
2年程前から体調を崩し休会。
Aさんはご主人の〝行っておいで?に励まされてサークルを続けていた。

時折病状が悪くなり、不安気な顔のAさんに私の仕事の内容を話し〝最後まで面倒を見るから?の冗談で気が軽くなったが〝何でも相談するからネ?と明かい顔になられた。

そんなある日〝歩くのが大変になった?と慌てて、ケアマネージャーと同行し介護申請の手続をしたり、ご主人が楽しみながらしていたという庭の樹々の剪定をした。
2Fの寝室から水廻りのある1Fへ、ベットを移したのは3週間前。
歩きづらそうではあったが昔のままの笑顔。
サークル時代の楽しかった思い出話もできた。次の日〝おかげで随分元気になったの?と。
車イスやドアや階段のリフォームは先の事と安心もした。

そしてこの突然の電話。
大急ぎで葬儀社の手配、遺体の引き取りも打合せた。
会場を〝退職してから随分経つから?と小さなホールを希望されたが、溢れる人達がお別れに来られた。
人の真価は棺を蓋いて定まると云われるがそれを実感できた。

生かされているこの時を大切にしなければと改めておもわされた。
〝一日一生?

 

H29年春号 No.32

野球好きの方なら解ってもらえるだろうか?

熱烈ではないが気になる選手、私には鵜久森淳志、10年間日ハムに在籍、2年前に戦力外通告を受けトライアウトでヤクルトスワローズへ。
私は彼の選抜でのホームランを見てこれはプロでもイケるかな!と思っていたらドラフトで日ハムへ入団。
1年遅れの陽は大活躍したが、彼はほとんど一軍でのプレーはなかった。

ただ一試合に2打席連続でホームランを打ち、次の日、その次の日の試合に使われなかったのを不満に思った事がある。
しかしその次の試合の第一打席でホームランだったから三打席連続という離れ業が彼の少ない輝きの一つである。

毎年春、スポツトを浴びて晴れやかな笑顔の入団発表がある。そして毎年秋、かってのスター選手が戦力外となり、野球をあきらめきれない者が入団テストを受けるドキュメントが放映されたりする。

野球バカでしかし普通人と比べたら高い棒給を得ていた男達がひたすら球団からのオファーを待つ姿は切なさを感じる。

彼は実感として〝拾ってもらった。今度こそ?と思ったに違いない。
今年開幕カードで劇的なサヨナラ満塁ホームランを放った。
誰もが一度は挫折し再度立ち上がる経験をするものだ。グラウンドで戦う男達に自分の姿を重ね合わせるのだろうか?

ヤクルトは投手から打者へ転向して活躍している雄平もいる、彼も気になる一人だ。

それにしても大谷君はいつ昨年のような快投と快音を発してくれるのだろうか?

 

H29年新春号 No.31

?4年前厚別のTさんから紹介され”日本男児すべてに読んで欲しい”と書いた「海賊と呼ばれた男」が映画化された。本はその年の”本屋大賞”となり映画も前評判が高かったから早速飛んで行って観た。

映像で見ると読んで気づかなかった事が細かな所まで解る。

海賊と呼ばれる由縁の海上で漁船に油を売るシーン、酷寒の地満州で列車の車軸の油を外国製の物と比較実験をする事等、俳優達もイキイキとした演技をするから見応えがある。”人間尊重””大家族主義”の理念が社員の心を1つにし苦境を乗り越えていく。

実話が元となっているだけに心を揺さぶられる。

リストラばやりで平気で人を切る昨今と違いかっては大小問わずどの企業も日本的経営としてそれを手本とし会社一丸となって競い合うのが当たり前だった。

働く者も徹夜で仕事を済ませてもそれを自慢したものだし、映画の中の深いタンクの底の油を裸になって汲み上げる事等、今の3Kを嫌う若者達には出来ない事だろう。

最近長時間働かされたとして自殺する者まで出て、それに同情する風潮もあり現代の弱々しい日本人を作っている一因だと思う。

働くとは傍を楽にすることと学んできた。喜び勇んで仕事に向かう人間は時を忘れ、疲れを感じない。労働を金を得るための苦役と思うからイヤイヤ働きうつ病になるのだと云うと暴論と非難されるのだろうか?

さびしい事である。