会長からのラブレター


H29年新春号 No.31

?4年前厚別のTさんから紹介され”日本男児すべてに読んで欲しい”と書いた「海賊と呼ばれた男」が映画化された。本はその年の”本屋大賞”となり映画も前評判が高かったから早速飛んで行って観た。

映像で見ると読んで気づかなかった事が細かな所まで解る。

海賊と呼ばれる由縁の海上で漁船に油を売るシーン、酷寒の地満州で列車の車軸の油を外国製の物と比較実験をする事等、俳優達もイキイキとした演技をするから見応えがある。”人間尊重””大家族主義”の理念が社員の心を1つにし苦境を乗り越えていく。

実話が元となっているだけに心を揺さぶられる。

リストラばやりで平気で人を切る昨今と違いかっては大小問わずどの企業も日本的経営としてそれを手本とし会社一丸となって競い合うのが当たり前だった。

働く者も徹夜で仕事を済ませてもそれを自慢したものだし、映画の中の深いタンクの底の油を裸になって汲み上げる事等、今の3Kを嫌う若者達には出来ない事だろう。

最近長時間働かされたとして自殺する者まで出て、それに同情する風潮もあり現代の弱々しい日本人を作っている一因だと思う。

働くとは傍を楽にすることと学んできた。喜び勇んで仕事に向かう人間は時を忘れ、疲れを感じない。労働を金を得るための苦役と思うからイヤイヤ働きうつ病になるのだと云うと暴論と非難されるのだろうか?

さびしい事である。

 

年頭所感

信長が「人間五十年、化天のうちを比ぶれば」と桶狭間で舞ったのは450年も前の話。

百歳以上の人が6万5千人もいる現在、高齢者の定義を65歳以上から75歳以上とするそうな。年齢7掛け説を唱えて「俺は48歳」と臆面もなく公言してきた私は快哉を挙げながらこの正月、あちこちでこの話をしている。頭も体も充分動くのに「オレはもう年だ」と自ら老け込み、元気を失う同輩達を苦々しく見てきたからだ。同時に定年となり「毎日が日曜日」と昼カラオケにパークゴルフと遊び呆けている連中には?オイ!もっと働けよ?と怒鳴りたくもなる。

定年とは停年と書いて年を止めると読むのだから、停年以降の年は数える必要はないのだ。神様に生かされている間は人様に喜ばれる働きをする。「オレは若いのだ」と叫びながら今年も大いに楽しんで働こう。

 

H28年新会社号 No.30

ビジネスの世界で「私、社長から会長になりました」というと普通は現場から引退するのかと思われる。

しかし今回は違うんです。サン・アイクリーンの夢を語り合う内、三人各々が一番力を発揮しやすい立場はと決めました。

ですから私の仕事は何も変わらない。むしろ緊張感も増してさらに忙しくなってきました。

ちょっとしたら私は死なないんじゃないかとこれからの日々をワクワク感じています。

それに「会長」の響きは好きですネ!

皆さんこれからも「会長、元気?」と呼びかけて下さい。