9月 28, 2020/ /

このコラムで何回か紹介した木鶏クラブの若き友から、コミック「鉄人28号」の作者、横山光輝の「史記」全15巻を借りた。

きっかけは「致知」6月号に「三国志」の英雄、諸葛孔明の記事が載り、彼が横山の大ファンで、「三国志」全60巻や「史記」等を持っていると知ったからである。
私も図書館で三国志を見つけ読んでいたから話に花が咲き、「史記」を読ませてもらうことになった。

「史記」は古代中国の歴史書。今から2千5百年ほど前の史実が記録されている。
万里の長城の始皇帝や、項羽や劉邦達が登場する。
英雄たちが知略を巡らし颯爽と戦う「三国志」と、権謀術数、平然と裏切り残酷な場面の多い「史記」とは、全く印象が異なる。

史記の作者、司馬遷が編纂しながら「天道、是か非か」(天道、すなわち良いことをすれば良いことが起こる、というのは本当だろうか)と嘆ずるのは、余りにも非道な振るまいが行われているからである。

例えば始皇帝は数多の書籍を焼き罪もない学者達を殺す。
項羽は捕虜20万人を生き埋めにする。
劉邦の妻は毒殺、惨殺を繰り返し「中国の三大悪女」といわれるほどの所業を行う。
もしこの世に天(神)があるならばこのような行為を許すのだろうかと思わせるほどである。
歴史は雄弁である。

2千5百年という長い年月進化を遂げた人間社会であるが、その性はまったく変わっていないと思う。
「自国第一主義」とは、自分さえ良ければ良いという考え。
香港の自由を求める人達を約束を破って弾圧する中国共産党。
ロシアは政敵を毒殺しようとする。

「誓いを守り恩を忘れず、弱いものを助け己を捨て信義を貫く」
三国志の物語は、人間はこうであってほしいという現れであろう。
そうした希望を少しでも自分の行いとしたいものだ。